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[336] 実は、、、
[335] 行ってきます。
しばらく、ミシガンに行く。寒ーい所だそうだが いってきます。
ところで「追悼のざわめき」という映画をご存知だろうか。20年以上も前に封切られた映画なのだが。いまだに賛否両論の渦の中にある作品だ。
今年そのDVDがようやく発売される事になり、ぼくも手伝った。 というのも、版権の問題等でオリジナルに使われた音をそのまま出す事出来ないからだ。
そのために新たに二曲書き足した。
一旦完成している作品に音を乗せる作業は本当に難しい。幽霊と戦うようなものだ。どんな風に作ってみてもオリジナルの呪縛からは逃れる事が出来ない。
覚悟はしていたが、なかなか簡単にはいかない。その分、本気でやらせていただいた。
少し大仰な書き出だしになってしまったが、「追悼のざわめき」について語るのは少々神経を使う。というのもこの映画、表面的には猟奇殺人、カニバリズム等、人としてやってはいけない事のオンパレードだからだ。
普通やくざ映画を誉めようが、戦争映画を誉めようがその事によりやくざ者、戦争崇拝者呼ばわりされる事はないだろう。当たり前だ、映画の話をしているのだから、、。
映画にせよ音楽にせよ文学にせよだ。これらはその内容を問わず、現実にフィードバックして世界を豊かにする。分かりきった話だ。
だが「追悼のざわめき」はそんじょそこらの映画より断然「力」を持った作品なので観た人の一部は狼狽して冷静に作品と向かい合う事が出来なくなる可能性があった。
「へたに誉めると誤解されるかも、、」
この映画の本質は全くもってそこに無いにも関わらず、正にそこだけを語られる不幸はこの作品が今年になってやっとDVD化されるという事実が物語っている。
僕がこの作品に惹かれる点は明白だ。
もし現実にこんな事が目の前で起こったらだれも許容出来ないであろう世界。だが松井良彦という男は「どんな地獄であろうとそこにやさしく光をあて、美しい映像として表出してしまう異能者」であるという事だ。
地下を流れる汚水であろうが、土に埋められた死体であろうが、監督「松井良彦」は本当にやさしく撮る。余談であるが、「ツインピークス」のローラパーマは世界一美しい死体と当時マスコミが騒いだ。「松井良彦」を知らないのだ、、。
不思議な才能だと思う。
さて今年松井監督の新作が封切られる。「どこに行くの?」というタイトルの映画だ。これももちろん松井監督ならではの世界だ。又賛否両論になるだろう。
こちらも音楽を担当させてもらった。
興味のある方は是非観てみてください。
[333] 2008
[332] イブイブ
ご無沙汰してます。ごめんね〜二ヶ月も更新しなかった。
なさけないが今年は本当に体調との戦いだった。無理をするとすぐ悪くなるのだ。
自分の病状についてhpでちまちま書くのが性格上な〜んかしっくりこないのでその話はここまでだが、みんなにも色々と迷惑をかけた、今一度あやまる、御免!
まあ思ったようにいかない時もあるさ!と自分に言い聞かせながら「上手く行く時の方が断然少なくねえ?」という心の囁きにおののいている上田でもある。
おお〜いかん!ぐちっぽいぞ、、。う〜ん。開き直らねば。(笑)
みなさ〜ん!もちろん上田は水面下では来年に向けてちゃくちゃくと準備をしてまする〜。って来年かよ、、。とにかく、体調も上がって参りました。ここも又色々と書きます!よろしくです。
さて今年レピッシュは20th anniversaryとなうってコンサートをやった。札幌のライジングサンを皮切りに各地でやれた。(上田は休んだけど、、。)
上田現もデビュー20周年という事です。
20年前を思うと遠い昔の事のような気がするし、昨日の事のようにも感じる。結局この年月がどんな意味や記号を持つのかいまいち分からないというのが本心だ。
だからあの頃の世界と現在とで何が変わったのだろうかと考えた。
確かにソビエト連邦はもうないし、バブルの頃の金満伝説ももう昔話だ。大体あの頃は昭和だし、、携帯ないし、、macは80万円以上した。ああ俺ももう若いとはいえない(笑)
ひとつひとつの変化をあげつらうとかなりの事が変わった。
でも人々の暮らしをかいま見るにいつの時代も人の心はそうそう変わるものでもない。「僕は誰々ちゃんが好きなんや〜!!」とか、「有馬記念とった!わ〜い!!」とか今日もどこかで誰かが叫んでいるだろうし。赤提灯で上司の愚痴を言うサラリーマンも公園で元気に走り回る子供の姿も変わらない。
今敢えて子供の姿について触れた。というのは20年前の子供と今の子供は違うものだという認識の方が世間的に強いからだ。
だがその認識自体も20年前と変わらないのだ。
つまりあの頃も「今時の子供は走り回る原っぱもなくて家でテレビゲームばかりしている、末恐ろしい〜。」といわれていた。
今の子供は挨拶が出来ない。覇気がない。無責任。やる気が見えない。etc,,,.と。
で、思い出してほしい。こういった子供への評価は実は私たち自身が子供の頃親や世間や先生からいわれ続けた事でもなかったろうか。
考えてみればあたりまえだ。ちゃんとした挨拶の習慣が、ちゃんとした責任感が、ちゃんとした社会性が、子供にある訳ね〜だろ!子供には子供の世界がありその中で懸命に生きている。それが大人の尺度からずれるのはいつの時代でも当然の事だ。
つまり変わったのは人間ではなく。環境だという事だ。環境が我々の生き方を変えるのだ。
環境と言っても自然環境だけではない。刻々と変わる社会通念や我々を取り巻く物質環境、生活環境の話だ。
例えば携帯電話が普及した世界とそうでない世界では人々の行動だけではなく考え方や社会的常識も変わってくる。
携帯電話のない世界では留守電に用件を吹き込んでも相手方がそれを聞くために家に帰ってくるのを待たなければならなかった。逆に言うとすぐに返信がなくても不審がられる事はなかったのだが。携帯が普及してからはそうも行かない。
丸一日携帯に出ないと「もしかして海外にでも行ってるのでしょうか?これを聞いたら連絡くださ〜い。」ということになる。
留守電やメールに即反応しないのは何か特別な事情があるに違いないという常識出来てしまっているのだ。
俺は日によっちゃ電話に一切出ないぜ、なんて言ったら、もう変人扱いか、もしくは仕事のできねー奴という烙印が押されてしまう。
「スローライフ」なんて言葉が最近聞かれるがこれは明らかに今言ったような風潮に対するアンチテーゼとして生まれたものである。僕もゆっくりと時間のながれる生活にあこがれのようなものを感じているが、へたに鵜呑みにして「スローライフ」を決め込んでいたら、是非に関わらず痛い目に遭う可能性が高い。
このように携帯ひとつとっても世界に与える影響は計り知れない。
でもこの20年と考えたときに思うのは、、そうこの間の変化とは、環境の変化の蓄積にすぎず。我々に真の変革のようなものは一切起きなかった、という事だ。
僕はこの20年「何かを変えてみよう。」その一念でやってきた。歌謡おこちゃまロックとの決別。日本語のロックの確立。海外に対抗しうる音楽。日本の進むベきそして作るべき音楽シーンについて。そんな事をずっと考えてきた。
真の改革は一切起きなかったと先程述べた。だとしたら僕の仕事はまだまだあるという事でもある。(笑)
そう20年が単なる通過点にすぎないということがよくわかった。
今年も押し迫った。
僕は毎年この時期に来年こそはとここで、叫んでいる。今年も同じように叫びたい。
メリークリスマス!アンド ア ハッピーニューイヤー!
来年はいっぱい仕事するぞ。アルバムも出すぞ。
みんなにも良いお年を!!
[331] ありがとう。
[330] 20th Anniversary
皆の書き込みを読んだ。正直にいうと名古屋、大阪、福岡の欠席を発表して数日は自分のHPを見る勇気がなかった。
だがそんな子供のような逃避をしても仕方ないので(笑)、ちゃんと全部目を通した。
みな文句のひとつも言いたいだろうに、どの文面もあたたかかった。それが何より有り難かった。あらためて済みませんでした、そしてありがとう。
実は僕は仕事を休んだのは今回が生まれて初めてだったのだ。遅刻したり、場所を間違えたり、数々の迷惑をかけて来たあほうなのだが、不思議と穴をあけた事はなかった。
なんだかんだと言いながら、僕は自分の仕事に誇りを持っている。音楽は居場所かもしれないし、探し求めている所かもしれないし、恋人かもしれなかった。よくわからないが大好きなのだ。だから結構うろたえていたのだ。
自分が書いた曲に中に「夕焼けロック」という名曲、、、失礼、曲がある。
そこで僕は右手が動かなくなったら切ってしまえと言っている。こだわらなくても左手があるじゃないかといっているのだ。
あまり力が入りすぎるのも、失敗につながるということを流石に学んでいる年になっているが、気持ちも新たにAXに望もうと思う。
今日から名古屋が始まる。ツアーみなさん楽しんできてください。
[329] 本当にごめんなさい。
[328] 1987
何か雨ばっかりだな、、自ずとhpも雨の話ばかりだ。別に雨は嫌いじゃないがこうも続くと困ってしまう。
さてもう発表済みだが、レピッシュは20th anniversaryと名うってライブをやる。
パヤパヤから20年。上田も久々にレピッシュだ。喜んで参加する。
まずライジンングサンに向けて始めよう。僕が大好きなイベントだ。会場は何処までも広く、お客さんも素晴らしい。これぞ野外ステージだ。去年は大雨だったが今年は晴れてくれないかな、、。
きっとお客さんもメンバーも色々な思いが重なるライブになるだろう。
僕はこころから楽しもうと思う。会場に来れる方は楽しみにしていてください。
[327] 雨と音と高台寺
凄い雨だったなあ〜。
楽屋から雨の中、みんなが並んでライブを待ってくれているのがずっと見えてた。うれしいやら、申し訳ないやらでぐっときた。国宝相手じゃ勝手に雨宿りも出来ないし、お疲れさまです。
しかし、Fumioとやった去年のライジングサンといい、結構僕のコンサートは雨が多い。藤原紀香級だ、、雨男かもしれない。
でも、dubと雨音は相性がよかったでしょう?!
ちなみに会場の方丈の間からはで〜んと庭園が見渡せるようになっている。庭は美しくライティングされて、雨がそれこそ絹糸のように光っていた。
その中で、Piano to dubをやった。
雨は音にまとわりつくように感じる。ひとつひとつの音が庭で跳ねているように思えた。曲によって降ったり、やんだり。偶然との駆け引きも楽しかった。ぼくはお客さんは当然として庭相手にも演奏を楽しんでたのよ。
初めての高台寺は「状況」に、二回目の高台寺は「アコースティック」に、そして三度目の今回は「ダブ」に主眼を置いた。
ダブの語源は当然ダブルだ。同じ物が二つ、、。
でも、ぼくの考えは少し違う。つまり実体と虚像の混在だ。
そこに確実に「あるもの」と「まぼろし」。
今回この年にしてやっとその入り口が見えたような気がした。全曲ではないがそう思えた。このイメージを大切にしつつも、別にテーマなんかぼよよ〜んで何でもええもんね。も忘れずにこれからもやって行きたい。「こうでなければならない」が強すぎると柔軟さを失う。そう思うとむずかし〜ワ。
ライブが終わって奥村と眼下に広がる雨上がりの京都の夜景を見ていた。低い雲、低い街並、そう京都は巨大な建造物を建てないように条例が行き届いている。美しくてどこか重い街並。東京や大阪とはまったく違うメッセージをかんじた。
ELE bass 石川具幸 per 杉野寿之 gu 奥村大
music tabloid 川原田仁 マネージャー増田 photograph 緒車寿一
p,s
京都駅の建築はどうかと思う、、。
[326] もうすぐだぞー!!
さて明日は最終リハーサルだ。
お寺でpiano to dubだ。
訪れた事のある方はもちろんご存知だろうが、高台寺は京都東山の小高い所に立っている。東山はこの先急に勾配ががきつくなり、人を受け付けない。
東山は高台寺が終着点だ。人間社会と自然の境界示しているかのような場所に映る。
方丈の間はそんな高台寺のど真ん中にある。
考えてみれば方丈とは四畳半という意味だ。なぜあのデカイお堂が方丈なのだろう。う〜ん、いつも思う事なのだが世の中僕の知らない事だらけだ。
知らない事だらけだから面白いとも言えるし、途方に暮れる事もある。
「十秒後の世界そんなことさえ僕は知らない」
たぶん、知らない事は知らなくてよいのではないかと思う。でも知りたい事は徹底して追いかけても良いだろう。
え?いってる事が変?
知らなくてよい事と知りたい事、そんな物がからまって世界を作ってるような気がする。
ライブを前に興奮して話がトッ散らかってしまったが、音楽も似たようなものだ。正しい音楽なんか何処にもないんだけど、でもすばらしい音楽はいくらでもある。
何か出来るといいな。24日お待ちしています。いつもそうなんだが、楽しみで仕方がない。
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